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海外赴任

 今から15年くらい前になるが、アメリカはニューヨークに家族で赴任していたことがある。ニューヨークと言っても、マンハッタンからハイウェイを飛ばして1時間半くらいのニューヨーク州の田舎町である。奥多摩を東京と言うのと同じかな。大きなプロジェクトだったため、2社から日本人約50世帯の大異動。心強いかぎりだった。高々3年間であったが、その後の人生に多大な影響を受けた貴重な経験をたくさん積むことが出来た。その一部を忘れないように書き留めておこうと思う。

 

失敗の共有

 

 最初はみんな単身赴任でホテル住まい。テロの翌年だったこともあって、公共手続きに時間がかかりホテルを出るまで約1ヶ月。その間に自力で運転免許を取り、家を見つけ、生活を立ち上げてから、既婚者は家族を呼び寄せる。ここまででだいたい2ヶ月。今思うと、この時期が本当に楽しく毎日笑い転げてたような気がする。ホテルでの夕食は近くのレストランに集まり、その日にあった出来事(と言うよりほぼ失敗談)が酒の肴となった。つまり人の失敗を自分のものに。この失敗の共有が功を奏し、みんな意外と早く立ち上がった。

 

いきなり

 

 赴任初日。成田からJFKまで13、4時間のフライト。そこからリムジンで1時間半。疲れ果ててホテルにチェックインし休む間もなく、まず、足の確保。こちらは車がないと生活出来ない。現法の庶務さんの車に3、4人づつ乗って一路レンタカー屋へ。さて、帰りだ。いきなりの右車線、左ハンドル。練習なしのぶっつけ本番。みんなで繋がってホテルに戻るわけだが、慎重に慎重にゆっくりゆっくりノロノロ運転だ。しかし日本での運転歴は伊達じゃなく、まあ10分もすればコツが掴めた。ただ1つだけどうしても慣れないことがあった。それは右車線でも左ハンドルでもない。ウィンカーとワイパーが逆なのだ。曲がるたびに3、4台が繋がってワイパーオン。雨が降ってないから窓に擦れて、キュッ、キュッとむなしい音が、、、こうして初の海外生活が始まった。ちなみに、日本に戻ってから交差点でワイパーが動くと、海外経験者だなってにやけてしまう。たまに自分でもやるけどね。未だに。

sandy-note

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